振動試料磁力計と古地磁気学への応用 †振動試料磁力計(VSM)と交番力磁力計(AGFM) †Micromagと呼ばれる装置はPrinceton Measurements社の製品で,振動試料磁力計(Vibrating Sample Magnetometer; VSM, 図1)と交番力磁力計(Alternating Gradient Force Magnetometer; AGFM, 図2)の両者を指す.前者は磁化した試料が振動することでピックアップコイルに生じる信号を測定するのに対し,後者は試料が磁場勾配から受ける力を圧電素子で測るもので,やはり振動させて共振による信号を利用する.両者とも磁気ヒステリシスの測定が容易に出来ることが特徴だが,感度はAGFMの方が高く堆積物の測定に向いている.一方,VSMはオプションを付けることで高温または低温での測定が可能であるが,AGFMは低温測定のオプションのみが用意されている.
Micromagの利点として,磁石やコントロール部は同一のまま,ヘッドと呼ばれる信号検出部のみを交換することで,VSMとAGFMの両方のタイプで使用できることがあるが,実際の付け替え作業はそれほど容易ではない. 振動試料磁力計の測定原理 †図3のような条件で原点に置かれた磁気双極子(M, 0, 0) が点 A (x, y, 0) に作る磁気ポテンシャルは
双極子が z = a・exp(iωt) で単振動するとき
したがって,N=コイルの巻き数,S=コイルの断面積とすると,コイルに誘起される電圧 V は
Micromag VSM では,電磁石により磁場を生成し,磁場の中間点でサンプルを垂直方向に振動させる.図4はサンプル位置付近の概念図で,pole caps は電磁石の極に相当する.pickup coils は pole caps の先端に取り付けられており,サンプルに誘起された磁化を,その大きさに比例した信号(電圧)として検出する.Micromag VSM の振動周波数は f = 83.00 Hz であり,振幅は可変である.
磁気ヒステリシス †磁気ヒステリシス曲線 †磁場H中の強磁性体の磁化Mは,Hとともに増加するが,Hを再び減少させてもMは同じM-H曲線を辿らずに,図5のような開いた曲線となり,この現象を磁気ヒステリシスと呼ぶ.岩石の磁気ヒステリシス曲線は,原理的にはその曲線の形全体を解析することで,含まれる磁性鉱物の磁気的性質について多くの情報が得られる.しかし,通常は飽和磁化Ms,飽和残留磁化Mrs,保磁力Hc,残留保磁力Hrcの4つのパラメータだけが使用され,特にそれらの比であるMrs/MsやHrc/Hcの値を議論することが多い.
以下では,とくに断り書きがない場合は,磁性体としてマグネタイトもしくはチタノマグネタイトを想定する. 単磁区(SD)粒子 †細長い単磁区(single domain; SD)粒子の磁化容易軸は形状磁気異方性のために発生し,単磁区粒子集団の磁気ヒステリシス曲線は,基本的にはMsが回転することで発生する(図6).理論的解析から(小玉,1999を参照),この場合のMrs/Msは0.5となる.図5は模式図ではあるが,SD粒子を含む岩石の磁気ヒステリシス曲線と考えて良い.ただし,岩石に(巨視的な)磁気異方性がある場合や,SD粒子の磁化容易軸が結晶磁気異方性に起因する場合は,Mrs/Ms>0.5となる場合もある. 保磁力Hcの値は通常30~50 mT程度で,針状の粒子の場合にはもっと大きくなることもある. Hrc/Hcの見積もりはMrs/Msほど容易でないようだが,理論的研究から Hrc/Hc = 1~2 となることが知られており,Dunlop (2002a) は Hrc/Hc < 2 という指標を採用している.
多磁区(MD)粒子 †多磁区(multi domain; MD)粒子の場合は,磁場Hの増加とともに磁壁が移動し,Hと同じ方向の磁化を持った磁区の領域が増加することで全体の磁化が増加する(図7).MD粒子の磁気ヒステリシスの理論は容易ではないが(Dunlop & Ozdemir, 1997を参照),基本的には磁化Mによる反磁場Hd=-NM(N:反磁場係数)と外部磁場HとがバランスするようにMが発生すると考えて良い.
すなわち,Hの増加とともに磁壁が移動し,Mは傾き1/Nの直線に沿って増加し,粒子全体が同一方向に磁化されてしまったところで飽和磁化Msが達成される.実際には,不純物や内部応力のために磁壁の移動は多くのエネルギーの障壁を超えなければならず,Hの増加時はMは低めに,Hの減少時はMは高めになり,磁気ヒステリシスが現れる. 保磁力Hcは小さく,理論的研究から Hc < 10 mT程度 とされている. Mrs/Msについては,M-H曲線の傾きが原点付近で1/Nであることから Mrs≒Hc/N となり,N=1/3(球)とすれば保磁力によって決まる.Dunlop (2002a) は Mrs/Ms < 0.02 という指標を採用している. Hrc/Hcについては,Dunlop (2002a) は Hrc/Hc ≧ 5 という指標を採用している.
超常磁性(SP)粒子 †SD粒子ではあるが熱擾乱により一定の磁化方向を保てない状態を超常磁性(superparamagnetism; SP)という.SP粒子の磁気ヒステリシス曲線は,常磁性の磁化率と同様にランジュバンの理論に従い,SD粒子やMD粒子に比較して急激に立ち上がり,すぐに飽和する.理論的にはMrs/Msはゼロで,Hrc/Hcは定義できない.しかし,SP粒子を多く含む実際の岩石では,Mrs/Msは小さくHrc/Hcは大きくなり, MD粒子と区別しにくいことが多い.しかし,SP粒子は大きな初期磁化率を示すことからMD粒子と区別できる. 擬似単磁区(PSD)粒子 †マグネタイトの場合,SDの粒子径の上限は~0.1μmであるが,それを境にしてMDの磁気的性質がすぐに現れるわけではない.磁気ヒステリシスパラメータは,径10~20μmまでは次第にSD的な値からMD的な値へと移っていく. 一般にこの範囲の径の粒子は2~数個の磁区に分かれており,SDとMDの中間的な性質を示すため,擬似単磁区(pseudo-single domain; PSD)粒子と呼ばれる.PSD粒子の磁気ヒステリシス曲線もSDとMDの中間的なグラフとなる.PSDの磁性に対する決定的な理論は未だにないようである. 岩石の磁気ヒステリシス曲線 †岩石の磁気ヒステリシス曲線は,一般には図8のようにSP,SD,PSD,MDのそれぞれのM-H曲線の重ねあわせということになる.原理的には測定した磁気ヒステリシス曲線を解析して,各粒子の「標準曲線」を重ね合わせることで,それぞれの含有率を見積もることができる(デコンボリューション).しかし,岩石の磁性鉱物は通常チタノマグネタイトであり,チタン含有量によっても曲線の形が異なるので,この種の解析はあまり行われていない.
"Day plot"による磁気的粒度解析 †Day et al.(1977)は,粒子サイズとチタン含有量を変えた種々のチタノマグネタイト人工試料を用いて磁気ヒステリシス測定を行った.チタン含有量と粒子径によって少しづつ異なる基礎的データが得られたが,これらを,縦軸にMrs/Ms,横軸にHrc/Hcを取ったダイアグラム上にプロットすると,チタン含有量によらず一つの帯状の領域に分布することが示された(Day Plot, 図9).このダイアグラム上で,SDとMDに対するMrs/MsおよびHrc/Hcの理論上の下限や上限を表す境界線を引くと,測定値は概ねSD,PSD,MDの3つの領域に分かれ,多くはPSD領域に分布することがわかった.このダイアグラムは磁性粒子の磁区の状態を簡単に推定する手段として広く利用されることとなった.
Dunlop(1986)はさらに多くのデータをまとめ,Mrs,Hc,Hrcなどの個々の磁気ヒステリシスパラメータは,試料の製法や研究者が異なると大きな違いを示すが,Day plot上では比較的良くまとまった分布になることを示した. Dunlop(2002a,b)は,マグネタイト(TM0)およびチタノマグネタイト(TM60)が示す Day plot パラメーターの理論的・実験的研究をすすめ,下記のような結論を得た.
最近のVSMやAGFMで得られた磁気ヒステリシスのデータを中心として,その他の種々の岩石磁気手法も利用して,岩石に含まれる磁性鉱物の粒子サイズ分布を調べる実験はmagnetic granulometryと呼ばれており,ここでは磁気的粒度解析と訳しておく.磁気的粒度解析は古地磁気の多くの分野で応用されており,堆積物による古地磁気永年変化や相対強度の測定,現在や過去の気候や環境を調べる環境磁気学,海底玄武岩の岩石磁気とその低温酸化,再磁化と磁性鉱物の変成,火山岩による絶対強度実験,などが挙げられる.図10にその一例を示す.
参考文献 †
執筆者 †
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