IODP航海における船上古地磁気・岩石磁気研究

はじめに

IODPは第1フェーズ(2003-2013年)から,第2フェーズ(2013-2023年)に移った。これまでに多くの日本の古地磁気・岩石磁気学者が参加して来た。 1航海につき、「ちきゅう」の場合は8人程度、“JOIDES Resolution”の場合は2人程度の日本人枠があり,乗船の資格は,修士大学院生からある。 本講義では,今後IODP航海に参加したいと考える方のために,その概要を紹介する。

IODP航海に参加する

IODPは日本,アメリカ,ヨーロッパと他のメンバー国で出資し運営されている。掘削に使われる船舶は日本の提供する“ちきゅう”,アメリカが提供する“JOIDES Resolution”, ヨーロッパが提供する”特殊任務掘削船(MSP)”の船舶(ちきゅうや,JOIDES Resolutionが掘削できない,浅い海や北極海など,その場所に合わせた船を提供する)である。航海の数ヶ月前にに乗船者の募集が行われる。日本から応募する場合はJ-DESC(日本地球掘削科学コンソーシアム)に応募し,日本から推薦されることになる。日本,アメリカ,ヨーロッパから推薦された応募者の専門等のバランスを見て,あらかじ決まっている主席研究者と,航海実施機関(JAMSTEC/CDEX(海洋研究開発機構地球深部探査センター), USIO/TAMU(テキサスA&M大学))の責任者により乗船者の最終決定がされる。

どのように試料が取られるか(掘削方法)

古地磁気・岩石磁気研究で試料の質は重要である。掘削方法の原理を理解してどのような掘削撹乱が起こりえるか知っておく必要がある。地層の固さにより掘削方法を変える。まずは掘削器を海底に降ろすために継ぎ合わせたドリルパイプを船上から海底に降下させてゆく。装置が海底面に達した後、掘削を開始するが,9.5m掘削したところで、コア試料を船上に一旦回収する。コア試料を回収するには、コア試料が入ったコアバレルと呼ばれるパイプをドリルパイプの中をワイヤーで上昇させる。コアバレル中のコア試料を取り出した後、再びコアバレルをワイヤーによりドリルパイプ中を降下させ、さらに9.5m掘り進める。この行程を繰り返しおこない深い地層を採取してゆく。JOIDES Resolution号または「ちきゅう」では主に次の3つの掘削方法が用いられている。

軟らかい堆積物の採取法:水圧式ピストンコアシステム

JOIDES Resolution号ではAPC(Advanced Piston Core System)、「ちきゅう」ではHPCS(Hydraulic Piston Coring System)と呼ばれる。

ドリルパイプを通して船上から水圧をかけ、インナーバレルを固定していたシェアピンを破断させる事により、インナーバレルを一気に地層に貫入させる。インナーバレルの先端には、カッティングシューと呼ばれる鋭いカッターが装着されている。インナーバレルが完全にストロークした場合、わずか数秒で9.5m貫入させることができる。地層が硬くなり貫入が困難になるか、または刺さったコアラーを引き挙げる事が難しくなるまでこの方法が使われる。一般に海底下200m程度までこの方法で掘り進めることが可能である。

水圧式ピストンコアシステムは、定方位が可能で(参照:オリエンテーションツール),連続的に試料を採取できるため、地磁気逆転の記録や、相対地球磁場強度など地磁気の連続記録の研究に適している。

  • オリエンテーションツール:水圧式ピストンコアシステムではサンプラーが回転せずに地層に貫入するため、カッティングシューが発射される時の方位を記録する事により、コアの方位付けが可能である。非磁性の容器に入ったフラックスマグネトメーター、加速度計、ロガーを組み合わせた"FlexIt tool"とよばれるシステムをコアバレルに装着し掘削時のコアの方位を測ることができる。

半固結の堆積物の採取法:拡張式コアシステム

JOIDES Resolution号ではXCB (Extended Core Barrel), 「ちきゅう」ではESCS (Extended Shoe Coring System)と呼ばれている。地層が硬くなり水圧式ピストンコアシステムでは地層が掘り進めなくなると、このシステムが使われる。

ドリルパイプを船上から回転させ、先端のドリルビットを回転させ掘進するが、ドリルビットに内装されたカッティングシューがバネの力で、地層中に押し出されるシステムになっている。このためバネの力が地層の硬さに勝る時はカッティングシューがドリルビットより先に地層に貫入し、カッティングシューが回転する事により地層が切りとられる。この仕組みは、ドリルビットの回転により十分に硬くない地層が破壊されるのを避けるために工夫されたものである。

一方、地層が十分硬い場合は、カッティングシューが地層に貫入できず、掘削器の中に押し込められ、ドリルビットの回転で掘り進む事になる。この手法は軟らかくもなく硬くもない地層、あるいは軟らかい地層と硬い地層の互層に適応され、かなりの高い回収率を挙げて来た。しかし一方で、強い力でカッティングシューを地層に貫入させるため地層構造の乱れが多い。また次に述べるRCB同様、コア試料がビスケット状になり、ビスケットの間を、掘削によって生じた泥が埋めた産状を示す事が多い。

こういった中でEPCS (Extended Push Coring System)と呼ばれるHPCSとESCSの中間の硬さの地層を採取するシステムが開発されている。まだ使用実績は多くないが,「ちきゅう」によるNanTroSEIZE航海で使用され比較的品質の高いコアがリカバーされている。今までXCB/ESCSでしかカバー出来なかった地層に対して,より変形の少ない堆積物採取が期待できる。

固い岩石の採取法:ロータリー式コアリングシステム

JOIDES Resolution号、 「ちきゅう」両者でRCB (Rotary Core Barrel)と呼ばれている。地層が硬くなるとRCBが使われる。

船上からドリルパイプを回転させることにより、先端のコアビットを回転させ、切り取られたコア試料がコアバレルに挿入され、9.5m掘進する度に回収される。地層は細かい層にちぎれて(ビスケットと呼ばれる)回収される事が多く、粉々になった地層や、礫は、回収されずに落下してしまうことが多い。掘削試料の採取層準が重要視されるときは最大の9.5mまで掘進させず、数m掘進しコアバレルを回収するというハーフコアリングという手法がとられることがある。コア試料がビスケット状になっている場合、各ビスケットが独立してコアバレルの中で回転しているので古地磁気偏角のプロファイルはランダムにばらつく。

"ちきゅう"で使われるライザー掘削とは?

今までの深海掘削法は深く掘り進めるのに限界があった(ODPの最深掘削深度は海底下2111m:Hole504B)。深度を稼げない最大の理由はドリル先端およびドリルパイプが、掘削孔の崩壊や掘削屑により抑留され、回転できなくなることであった。掘削に障害となる掘屑をとりさるため、海水をパイプから圧力をかけ送り込み、先端を経由しドリルパイプと孔壁の隙間を伝い、海底まで堀屑を押し流す方法がとられていたが、その効果は十分ではなかった。

ライザーは、船と海底面の間で、ライザーパイプをドリルパイプの外側に設置して2重構造にし、密度の高く調合した泥水をドリルパイプに押し流し、ドリルの先端を経由し、ドリルパイプと孔壁(海底下)、ドリルパイプとライザーパイプ(海底面から船の間)の間で、泥水を押し上げ掘屑を船上に挙げる循環システムである。掘削屑を押し上げると同時に孔壁に圧力をかけ掘削孔が崩れないようにすることができる。深度が大きくなるにつれ、孔壁の圧力は高くなるが、船上で泥水の比重を調整することにより、孔壁が崩壊しないようバランスを保つことができる。

また海底面にはチョークの役割をはたす防噴装置(BOP)が設置され、海底下からガスや石油が吹き出すのを遮断する仕組みがある。これは今までODPでは安全上、掘削できなかったガスや石油を含む地層の掘削を可能にした。ライザー掘削はこれまで掘削孔が不安定なため、深堀りが難しかった地震発生帯、島弧地殻、白亜紀の厚い海台、砂層が厚く発達する海底デルタ等での掘削を可能にした。

掘削コアの名前の付け方

深海掘削では、ターゲットとなる場所をSiteと呼んでいる。Siteの掘削孔をHoleという単位で呼んでおりアルファベット順にHole A, Hole B, Hole C、、、と呼んでいる。

1回の掘削で得られるコア試料(およそ9.5m)はCoreという単位で、一本のHoleは複数のCoreよりなる。IODPでは3船(ちきゅう,JOIDES Resolution, ヨーロッパが提供する船)で採取され,コアの頭文字にそれぞれC,U, Mの頭文字が付けられる。さらにCoreはSectionという単位に切り分けられる(標準は1.5m)。通常一つのSiteで数本のHoleが設けられる。各Hole間の距離は極力小さく、同じ地層を掘削していると見なされている。

コンポッジト・セクション(composite section)

一本のHoleでは完全無欠のコアを採取する事が難しい。しかし高解像度の古地磁気学や古海洋学では数cmたりともサンプルの欠如を避けたいものである。同地点で複数のHoleを繰り返し採取し、互いのHoleでCore境界がずれるように貫入深度を調整することで、ギャップを補完しようとする方法である。

採取後、船上に挙がったcoreの物性を即座に測定し、となりのHoleとCore境界が重なっていないか検証する。数本のHoleから得られたCoreで最も質の良いintervalを抜き出して、繋ぎ合わせ1本のHoleのように見立て出来上がった物をcomposite sectionと呼んでいる。これにより、連続な試料が得られる。さらにHole数が多い場合は第2、第3のcomposite sectionの組み立ても可能になり、今まで大容量の試料採取が難しかったu-channelサンプリング等が可能になった。

船上研究の流れ

船上でコアバレルからインナーチューブに入ったコアが抜き取られ、Cat walkと呼ばれる暴露部に運ばれる。そこでCore(9.5m)がSection(1.5m)に分割される。

分割されたSectionは、「ちきゅう」の場合はX線CT-scanによる非破壊内部構造イメージが取得される。これにより重要なインターバルがないか,半かつ(縦割り)する前に知る事ができるようになった。その後、MSCLにより基本的な物性が計測され、Sectionは半かつされArchiveとWorking sectionに分けられる。

Archive sectionは画像、色反射率、記載がおこなわれ、最後に、古地磁気測定に回される。 Working sectionでは破壊的な物性測定、個人のリクエストのためのサンプリングがおこなわれ、またそこから微化石、XRFなど船上計測のためのサンプリングが行われ、いずれも最後にはパッキングされ、冷蔵保管される。

古地磁気実験室の設備

JOIDES Resolution号、「ちきゅう」の古地磁気ラボには以下のような装置が搭載されている。

  • シールドルーム(「ちきゅう」のみ)
  • パススルー型超伝導磁力計 (※2012年に「ちきゅう」のパススルー型超伝導磁力計は液体ヘリウムを使わないシステムに更新されている)
  • スピナー磁力計
  • 交流消磁装置, 熱消磁装置
  • パルスマグネタイザー
  • ARM着磁装置
  • 帯磁率異方性測定装置, 帯磁率測定装置
  • ガウスメーター
  • サンプリング用具各種

この中で、パススルー型超伝導磁力計によるArchive sectionの測定が最も頻繁に行われるであろう。しかしArchive sectionは20mT程度までしか消磁する事を許されていないし,時間の関係で消磁段階も多くて5段階程度しか実施できない。こういったデータの確証を得るためキューブやミニコア(discrete sample)を採取し細かい段階消磁をする事を進める。

また火成岩の試料は磁化が強すぎて超伝導磁力計で測定できない事がある。その場合は頻繁にWorking sectionからミニコアあるいはキューブを採取しスピナー磁力計と消磁装置を組み合わせ測定する事になる。キューブやミニコア(discrete sample)は,船上で磁性鉱物認定など岩石磁気実験をすることが可能である。

Paleomagnetistの役割

堆積層の掘削の場合の一般的な古地磁気・岩石磁気研究者の役目は、年代層序を古生物(微化石)専門家と協力して確立することにある。古地磁気・岩石磁気研究者は古地磁気タイムスケールとの対比により古地磁気層序を確立していく。またHole間の対比を帯磁率データ使っておこなうことがある(これは他の研究者が担当する事がある)。また断層など構造の方位データを方位づけするため試料の磁北を求められることがある。このために、交流消磁による安定磁化の認定がルーチン的な作業になる。

コア試料はArchiveを測るが、これは保管用のため、高い消磁レベルで古地磁気記録を完全に消し去る事は許されていない。また時間の制約が大きいため、細かい段階消磁を行えない。別途working sectionからDiscrete sampleを船上研究用に採取し細かく、あるいは高い段階で消磁をすることで、これを補うことが推奨されている。

実作業で、まず留意すべき点は不良コアの認識である。採取されるコアは必ずしも理想的な状態にないことがあり、コアリングにより地層の攪乱(講義:コアの変形、掘削残留磁化を参照)したインターバル、不完全なコアリカバリーやWhole Round Samplingにより欠如したインターバルが存在する。このような不良区間は、測定したデータから除く必要がある。データが不連続の場合、古地磁気層序確立困難な場合があるが、古生物データとよく照らし合わせ、解釈を進める。

航海後の研究

各個人の研究に対して,乗船中にサンプルを取得する(例外もありうる)。航海終了後,モラトリアム期間というのが設けられ,乗船研究者が一年間優先して研究を行える。ほとんどの研究者はサンプルを取得して研究する事が乗船の大きな目的となっている。航海前にサンプルをリクエストするために研究計画を立てるが,実際に掘削される試料の状態,乗船中に同じ分野の研究者との議論などで,その研究の方向性は変更できる余地がある。

参考資料

M. A. STORM, Ocean Drilling Program (ODP) Deep Sea Coring Techniques, Marine Geophysical Researches 12: 109-130, 1990. Richter, C., Acton, G., Endris, C., and Radsted, M., 2007.

Handbook for shipboard paleomagnetists. ODP Tech. Note, 34. doi:10.2973/odp.tn.34.2007

http://www.jamstec.go.jp/chikyu/jp/CHIKYU/index.html

執筆者

  • 2012年8月: 改訂, 金松敏也.
  • 2010年8月: 改訂, 金松敏也.
  • 2008年8月: 金松敏也, J-DESCコアスクール・古地磁気コースの講習資料として.

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Last-modified: 2014-08-12 (火) 10:24:32 (3555d)