はじめに †外部磁場に対する物質の反応の物理は広く研究されている。常温での岩石磁気分析では、次の2つのトピックスを取り扱う。(1)主に強磁場を用いた、強磁性鉱物の分析、(2)磁気異方性。すでに多数の参考書があるため、ここでは地学への応用と最新の研究動向を念頭に、やや主観的な記述を行っている。そのため批判的に読んでいただくことが望ましい。測定方法は別の章に記載する。温度は特に断りがない限り室温と考える。 強磁性体の分析 †強磁場中の振る舞いは比較的単純な原理で理解できる。このため、堆積物や岩石に対しても強い磁場をかけることで、含まれる強磁性体の特徴を知ることができる。 磁場中の磁性体の振る舞いは磁気ヒステリシス曲線で表現される(図1)。
強磁性体に磁場Hを印加すると、磁化MはまずHとともに増加し、あるところで飽和する。Hを印加した後に減少させると、Hがゼロに戻ってもMはゼロにならない。磁場がゼロの時の磁化を残留磁化と言う。さらにHを逆向きにかけていくと同様なことが起こるが、続いて磁場をゼロにすると逆向きの残留磁化を獲得する。それだけでなく、Mが飽和していない場合は一般に、同じHの条件でも、Hの履歴に依存して観測されるMが異なる。このようにMが履歴に依存する現象を、磁気ヒステリシスと呼ぶ。図1では外部磁場を誘導磁化が飽和に達するまで加えており、この磁気ヒステリシスの曲線は”major curve” と呼ばれる。 磁気ヒステリシス自体は非常に古くから知られており、個々の磁性鉱物の特性からマクロなヒステリシスを導く物理(順問題)はおおむね確立している。ただし、実際にこの順問題を解くには、後で見るように最低でも個々の粒子の形状と向きを知る必要がある。そのため、第一原理から現実の試料の磁性を予言することは、技術的には依然として挑戦的なテーマである。また、天然試料の磁気解析は多くの場合、マクロな測定からミクロな情報(磁性鉱物の種類や量など)を推定する逆問題であって、解析的な解は得られない。そのため、近年の機器の発展を背景に、より一層詳細な測定が行われ、新奇なパラメータの組み合わせなど、解析手法の理論・実験的研究が今でも活発に行われている。 基本編ではmajor curveを中心に、試料の全体的な特徴を表す方法について解説する。応用編では逆問題的な発想に立ち、多数の成分の足し合わせとして個々の試料の磁性を説明する方法を見る。また最近では、測定の高速化とそれに伴うデータの蓄積を背景に、物理原理ではなくデータ科学的観点からも試料の特徴づけが行われている。統計解析編でこれについて簡単に触れる。また、個々の磁性鉱物の磁気的性質の起源(鉱物磁気学とも呼ばれる)については基本的な未解決問題も多い。 磁気異方性 †自発磁化は対称性を破っていることが明らかであったため、磁気異方性も非常に古くから関心を集めてきており、その物理的理解はおおむね確立している。実用上も、磁気は試料内部に非破壊で浸透することができ、マクロな試料の異方性測定に適している。 磁気異方性のアイデアはシンプルである。地質試料のような磁性物質の濃度の薄いものに関しては、試料の磁性Xは、個々の構成粒子の磁性xの足し合わせ(積分)とみなすことができる。すなわち、粒子の方位をθとすると、粒子の向きの数分布n(θ)として、 である。これは当たり前のようであるがそうではなく、例えば電気伝導度では導電体の連結度が問題となる。上の式の成立は、磁気が古典的に遠隔力とみなせることを背景としている。磁気異方性は基本的にはn(θ)を求める測定であると言える。磁性Xとして様々なものを使うことで、試料に含まれる粒子のうち特定の性質を持つものだけを強調できる。 異方性の順問題もほぼ確立しているが、やはり第一原理から現実の試料の磁気異方性を予言することは技術的に難しい。特に、磁気異方性と同等の精度で粒子の向きを知る手段が極めて限られていることが課題である。これにより逆問題としても「答え合わせ」が困難である。結果的に、磁気異方性の解釈も大雑把なものに留まったり、妥当性の評価が難しい場合が多い。また強磁性体分析と違い、異方性測定の技術的な発展・解析方法の工夫はほとんど止まっており、次のブレークスルーが待たれる。 基本編概要 †ある試料について考えるとき、まず第一に思いつくのは試料が全体としてどのような磁性を持っているか(強/弱、安定/不安定など)であろう。岩石や堆積物は明らかにさまざまな鉱物の混合物なので、「全体として」の性質にどこまでの意味があるのかは慎重に考える必要がある(後の応用測定編を参照)。それでも、地質学的に似通った成因を持つ試料同士の間では、磁性が(不均質性も含めて)似通っていると想定することは大きな間違いではないことが多い。この場合、たとえ物理的な意味があやふやな仮想的な量であっても、全体としての性質、として与えられる量を比較することは妥当である。なんといっても、混合物の詳細な構成まで考えてしまうと測定自体も得られる結果も複雑になり、測定時間がかかったり容易に解釈できなかったりする。シンプルな量で試料を代表させるという試みは、実用上決して馬鹿にできないものである。 ここではヒステリシスのMajor curve、Day plot、S比、kARM/IRMと呼ばれる測定・解析方法を紹介する。試料としてはランダムな向きを向いた全体的には等方的な粒子集団を考える。 Major curveとヒステリシスパラメータ †十分に強い磁場をかけるとMは飽和磁化 Ms と呼ばれる値で飽和する.飽和磁化を経た後の残留磁化を飽和残留磁化 Mrs と呼ぶ.M=0となる磁場を保磁力Hc,Mr=0となる磁場を残留磁化保磁力 Hrcと呼ぶ。これらの値をヒステリシスパラメータと呼ぶこともある.
岩石の磁気ヒステリシスの基本的な解析としては,ヒステリシスパラメータ,特にそれらの比である Mrs/Ms や Hrc/Hc の値が利用される.ここでなぜHrcをHcで割るか疑問に思うであろう。この点は後のDay plotのセクションで説明する。 飽和磁化Msの値は鉱物種ごと決まっており、マグネタイトで約450 kA/m、ヘマタイトで約2 kA/mである。残念ながら、含まれる鉱物の総体積がおおよそでも分からない限り、Msの値から直ちに鉱物種を特定することはできない。一方鉱物種を独立に求められれば、Msの値から試料中の磁性鉱物の体積濃度を計算することができる。その他のパラメータは鉱物種の他に、結晶の粒径や外部磁場に対する向き、内部応力などに様々な程度で依存する。このことは逆に高度な解析を可能にしている。 飽和残留磁化Mrs は鉱物種に加え、磁区構造に強く依存し、これは粒径に密接に関係している。Mrs/Msを使うことは、試料中の磁性鉱物の濃度と鉱物種への依存性を取り除く狙いがある。 保磁力、残留磁化保磁力も主に鉱物種と磁区構造に依存する。マグネタイトの保磁力は数十mTであるのに対し、ヘマタイトの保磁力は数百mTに達する。 SD粒子の残留磁化は単純に容易軸に沿っていると考えられるため、SD粒子集団のヒステリシスは粒子集団の配列の幾何学で決まる(図2).例えば、細長いSD粒子では残留磁化状態では各粒子は伸長軸に沿って磁化Msを持つ。さらに向きがランダムな粒子集団を考えると、印可磁場と平行でない磁化は相殺される。印可磁場に沿った磁化成分mは、磁場と粒子の伸長軸とのなす角θを用いて と書ける。これをθについて積分することでMrsが得られ、Mrs/Ms=0.5 となる.SD粒子配列が異方性を持つ場合や,個々のSD粒子の磁化容易軸が結晶磁気異方性に起因する場合は,Mrs/Msが0.5より大きくなる場合も小さくなる場合もある. マグネタイトのSD粒子の保磁力Hcの値は通常30~50 mT程度で,針状の粒子の場合にはもっと大きくなることもある. Hrc/Hc の理論的見積もりは Mrs/Ms ほど容易でないが,Hrc/Hc = 1~2 となることが知られている.Dunlop (2002a) は Hrc/Hc < 2 という指標をSD粒子の特徴として採用している.
多磁区(multi domain; MD)粒子の場合は,磁場Hの増加とともに磁壁が移動し,Hと同じ方向の磁化を持った磁区の領域が増加することで全体の磁化が増加する.MD粒子の磁気ヒステリシスの理論は単純ではないが(Dunlop & Ozdemir (1997) を参照),基本的には磁化Mによる反磁場 Hd=-NM (N:反磁場係数)と外部磁場 H とがバランスするように M が発生すると考えて良い(図3). すなわち,Hの増加とともに磁壁が移動し,Mは傾き1/Nの直線に沿って増加し,粒子全体が同一方向に磁化されてしまったところで飽和磁化Msが達成される.これでは磁気ヒステリシスが現れないが、実際には,不純物や内部応力のために磁壁の移動は多くのエネルギーの障壁を超えなければならず,Hの増加時はMは低めに,Hの減少時はMは高めになり,磁気ヒステリシスが現れる. 磁壁の移動に伴うエネルギー障壁は、単磁区粒子の磁化を回転させるのに必要なエネルギーより小さい。そのため保磁力Hcは比較的小さく,理論的研究から Hc < 10 mT 程度 とされている. Mrs/Msについては,M-H曲線の傾きが原点付近で1/Nであることから となり,N=1/3(球)とすればMrsは保磁力によって決まる.Msは鉱物種によって決まり、マグネタイトについてDunlop (2002a) は Mrs/Ms < 0.02 をMD粒子の指標としている. Hrc/Hc については,Dunlop (2002a) は Hrc/Hc ≧ 5 という指標を採用している.
"Day plot" †Day plotは最も広く用いられている磁気ヒステリシスの解析方法である.ヒステリシスパラメータを用いて岩石中の磁性鉱物の磁区構造を推定するもので,Day et al.(1977)による以下の実験に基づいている。彼らは,粒子サイズとチタン含有量を変えた種々のチタノマグネタイト人工試料を用いて磁気ヒステリシス測定を行った.チタン含有量と粒子径によって少しづつ異なる基礎的データが得られたが,縦軸にMrs/Ms,横軸にHrc/Hcを取ったダイアグラム上にこれらのデータをプロットすると,チタン含有量によらず一つの帯状の領域に分布することが示された(図4). このダイアグラム上で,SDとMDに対するMrs/MsおよびHrc/Hcの理論上の下限や上限を表す境界線を引くと,概ねSD,PSD,MDの3つの領域に測定値が分かれ,とくにPSD領域に多くが分布することがわかった.このダイアグラムは磁性粒子の磁区の状態を簡単に推定する手段として広く利用されることとなった.
Day plotでそもそもなぜHrc/Hcを使うかという理論的な背景は以下の通りである(例えばStacey and Banerjee, 1974)。単磁区粒子は上で述べたように解析的に決まるので、多磁区粒子について考える。この際には反磁場の効果を分離し、内部磁場に対する応答を考えるとよい(反磁場は粒子形状に依存するため、このほうがより本質的な物性量である)。まず帯磁率(磁化率とも言う)χを、 で定義する。上で見たように多磁区粒子の場合近似的にである。粒子内には反磁場Hd = –NMが発生しており、内部磁場はHi = H – NMである。内部磁場に対する帯磁率として内部帯磁率χiというものを考えると、外部磁場Hによる磁化誘導は、 と書き直せる。当然 χi > χ であり、鉄等の真の強磁性体ではχi >> χである。磁鉄鉱ではこの仮定は微妙なところのようである。スクリーニング係数fsを で定義しておく。 (1), (2)式およびより、 と書ける。 次にHcとHrcについて考える。まずヒステリシス曲線を、内部磁場を基準として書き直す(図5)。
通常のヒステリシス曲線は傾きで近似できたが、内部磁場に対するヒステリシス曲線は傾きで近似できる。HcのときにMはゼロなので、内部磁場を基準に考えても外部磁場を基準に考えてもHcの値は変わらない。一方、であれば、内部磁場に対するヒステリシスループは非常に立っており、Hrc-i ~ Hc-i = Hcとみなせる(HcからHrcまでの外部磁場の増分が内部磁場で完全にキャンセルされるという近似)。ここでHrc-i等は、外部磁場Hrcをかけたときの内部磁場である。Hrcの定義から、内部磁場で書いたメジャーループ内のHrc-iに対応する点から内部磁場を取り去れば原点に向かう。この変化を傾きχiの直線で近似すれば、内部磁場がHrc-iのときの磁化は である。 さらにM(Hrc-i) = M(Hrc)であり(磁場を測る単位を変えているだけなので)、Hrcのときは残留磁化がないため誘導磁化だけを考えると (2)より (3), (4)を合わせると、 ここで単一の鉱物種を考えたときには、Msは定数とみなせる。さらに、内部帯磁率が高い(磁化しやすい)ものは保磁力が低いと考えられ、もあまり変化しないと期待される。実際にこの期待は初期の実験で確かめられていた(Kittel, 1949)。もし(5)の右辺が定数であれば、Mrs/MsとHrc/Hcをプロットしたものは双曲線になる。以上がDay plotの背後にある理論である。 SD-MD mixing curves †Day plotの背後にある理論は純粋にMD粒子のものだったが、Dunlop (2002a, b) はこの考察を進め、SD粒子とMD粒子との混合による曲線を計算した(1)。さらに多数のデータをコンパイルし、実験データの多くがSD-MD混合曲線上に乗ることを示した。これにより、Day plotでPSDとされる試料は実際にはMD粒子とSD粒子を含んでいるだけという可能性が指摘されている。一方で、電子顕微鏡による直接観察から、真のPSD粒子(例えばVortex構造)も見つかっている。結局の所、Day plotは現象論的分類以上のことはできないという点を心に留めておくべきである。現象論的分類の例としては例えばPatterson et al (2017) を参照。
混合曲線の意味としてあまり注目されていないが重要な点は、(5)式の右辺が確かに定数になっており、かつその値が実験的に推定できるということである。磁鉄鉱の場合、理論的にはχiHc ≈ 45 kA/mと推定されているが、実験的にはもう少し大きい値も得られ、67.5 kA/m程度が上限値のようだ、とされている(Dunlop, 2002)。また異なる鉱物は異なる混合曲線を示し、その曲線も同様に計算できる。残念ながらこの方面の努力はほとんど行われていない。 S比 †S比は残留磁化をベースとした解析方法であり、ヒステリシスパラメータの中ではHrcを念頭に置いている(Thompson and Oldfield, 1986)。特に、Day plotと異なりHrcが試料中で分布を持っていると考えるのがポイントであり、応用測定編への橋渡しと言える。S比の測定方法としては、Mrsを獲得させた後に、逆向きに飽和まで達しない程度の磁場を印加し、残留磁化の変化を見る。この逆向き磁場により、Hrcがそれより小さい粒子(あるいは磁区構造)の磁化が反転し、残留磁化が変化する。逆向き磁場の大きさによって異なるS比を定義することができ、例えば0.3Tの逆向き磁場を用いたものはS-0.3と呼称される。式の形で書くと であり、ここでは、2.5 T印加後に逆向きに0.3 T印加した後の残留磁化、という意味である。2.5 Tや1.0 Tが飽和残留磁化を与えるためにしばしば使われる磁場だが、これらの磁場ですべての地質試料が厳密に飽和するわけではないことには注意を要する。 上のS比は-1から1の値を持つが、Bloemendal et al. (1992)はこのS比の定義に対してスケールの変更を加え とし、0から1の値を持つようにした。現在ではこの定義が広く使われているため、以下ではプライム無しのS比でこの定義のものを表す。こうすることで、S比は、「Mrsの中で逆向き磁場以下のHrcを持つものの割合」、というわかりやすい意味を持つ。注意点として、S比はあくまで磁化の割合であって、体積や重さの割合でないことがある。 S比の主要な応用方法は、鉱物種の区別である。Hrcは粒径や形状にも依存するが、鉱物による違いが圧倒的に大きい。典型的には、S-0.3が反強磁性鉱物(赤鉄鉱、針鉄鉱など)でない強磁性鉱物(磁鉄鉱、チタノマグネタイトなど)の磁化の割合として使われる。反強磁性鉱物の残留磁化は強磁性鉱物に比べ一般に小さいため、たとえ体積でかなりの量の赤鉄鉱が入っていても、S-0.3の値はしばしば1に近い値になる。 これより小さな逆向き磁場を用いたS比を計算することができるが、その解釈は試料の地質的背景によって慎重に検討されるべきである。堆積物で比較的ポピュラーなものはS-0.1であり、遠洋堆積物でしばしば生物源磁鉄鉱の寄与を見積もるのに使われている(e.g., Yamazaki, 2008)。生物源磁鉄鉱のように、極端に形状異方性が大きくない単磁区磁鉄鉱のHrcは50 mT程度である。一方で、砕屑性の磁鉄鉱やチタノマグネタイトの中には、形状や不純物の効果によって100 mTを超えるHrcを示すものもある。遠洋性堆積物では粒径は一般に小さく(中心値2,3 μm程度)、多磁区粒子は多くない。そこで、S-0.1によって生物源磁鉄鉱の相対的な増減を追うことができる。残念ながら、砕屑性の磁鉄鉱の中にも100 mT以下のHrcを持つものは多数あると予想され、S-0.1により絶対的な定量を行える期待は薄い。このようにHrcがオーバーラップする場合については、応用測定編でさらに述べる。 特殊な場合には、さらに小さな逆向き磁場を用いることもできる。例えば、磁性鉱物のほとんどが生物源磁鉄鉱である場合には、組成や粒径はほぼ共通しているため、微妙な形状の違いがHrcにあらわれてくることが期待される。生物源磁鉄鉱のHrcは50mT前後であるため、逆向き磁場としてもその程度の大きさ、例えば30 mTを使用する。Usui et al. (2017)は、太平洋の赤色泥について、S-0.03とS-0.1を組み合わせることにより、伸長した生物源磁鉄鉱の存在する層準を特定できることを示した(図6)。
火成岩に対しては、S-0.3を除きS比の適用例はほとんどなく、その有効性は未開拓である。 kARM/SIRM †kARM/SIRMはkARMとSIRMとの比である。SIRMはsaturation isothermal remanenceの略で、ここまでMrsと呼んできたものと同じである。kARMは非履歴性残留磁化(Anhysteretic remanence; ARM)の獲得効率である。ARMは名前の示唆する通りヒステリシスでは表現できない残留磁化であって、交流消磁中に0.1mT程度の直流磁場を印加することで得られる。SIRMによる規格化は磁性鉱物の存在量の効果をキャンセルするためであり、kARM/SIRMの主題はARMの獲得しやすさである(Msで規格化したほうがより良いと思われるがそういった例を筆者は見たことがない)。 ARMの理論は込み入っており、定量的な理論は理想的なSD粒子のみで妥当なものが得られているだけのようである(Egli and Lowrie, 2002)。SIRMと磁性鉱物存在量との関係も、特にMD粒子で定量が難しいので、kARM/SIRMの定量的応用は基本的にSD粒子に限定される。 海底試料で重要な応用の一つとして、kARM/SIRMが堆積物中の生物源磁鉄鉱の指標となりうるという考えがある(Egli, 2004)。これはkARMが静磁的相互作用に敏感であり、相互作用のある系では低くなることを利用するものである。海洋の生物源磁鉄鉱は主に堆積物中で作られるため、粒子間の距離が離れており相互作用が少ないが、砕屑性の粒子はMDであるか、運搬・堆積過程で粘土鉱物への吸着や磁性鉱物粒子の集合によって粒子間の距離が小さくなり、相互作用が比較的大きい。生物源磁鉄鉱に特に富んだ堆積物では、kARM/SIRMはおよそ2-2.5 mm/Aの値を取る。この値は培養した走磁性バクテリアの値と近い (Kopp et al., 2006など)。生物源磁鉄鉱の指標として先にS-0.1というものも挙げたが、それとkARM/SIRMとは異なる原理に基づいているため、お互いが単純に比例しない可能性がある。もしそうであれば、統計分析編で述べるような成分分離において有効かもしれない。 火成岩についてkARM/SIRMを報告している例は必ずしも多くないが、その中でも生物源磁鉄鉱に富む堆積物でみられるような2-2.5 mm/Aという高い値を示すものはほとんどないようである。Yu (2010) は、古地磁気強度を求める目的で、TRM/ARM比とTRM/SIRM比をPSD-SDと考えられる様々な火成岩について測定した(TRM, ARMの磁場は50 μT)。結果はそれぞれ2.60 ± 1.32, (3.62 ± 1.28) × 10^−2であり、これから計算するとkARM/SIRMはおおよそ0.2 mm/Aにしかならない。これは火成岩がSD粒子以外のものを多数含んでいることと、静磁的相互作用がかなりの程度存在していることを反映していると考えられる。関連して、特に地球外物質について、ARMによる規格化で古磁場強度を求めるという試みがあるが、非SD粒子や相互作用のある系においては理論的な根拠は弱いため、注意が必要である。 MD粒子に対しても、実験的には非常に有力な結果が得られており、kARM/SIRMを定性的に解釈することは可能である。まず約100 μm以上の磁鉄鉱(非SD粒子)では、kARMは粒径dに対し~d^-1/3で依存し粗粒なものほどkARMが低くなる。一方60 nmより小さい粒子では~d^2で依存する。これらを元に、kARM/SIRMは相対的な粒径変化の指標としても用いられることがある。同様な情報は、SIRMの代わりに帯磁率χを用いて kARM/χ というパラメータでも得られる。 初期帯磁率 †初期帯磁率とは †すべての物質は磁場中に置かれると何らかの磁化を発生する.初期帯磁率(または初磁化率: initial susceptibility, low-field susceptibility)は,弱磁場中で物質が磁化される程度(magnetisability)を示す量である.磁場が一様で十分小さく,物質の磁気的な異方性が無視できる場合,磁場(H)と磁化(M)の間には M = kH という比例関係が成り立ち,この比例係数 k が初期帯磁率である. SI単位系では,単位体積当たりの初期帯磁率(volume specific susceptibility)は
であり,M と H は同じ単位を持つため k は無次元量である(SIと表記する).単位重量当たりの初期帯磁率(mass specific susceptibility: χ )は k を物質の密度(ρ)で割ることで得られる.
初期帯磁率については岩石磁気・古地磁気に関する多くの教科書で解説されている(Opdyke and Channell, 1996; Dunlop and Özdemir, 1997; Lowrie, 1997; Tauxe, 1998; Maher and Thompson, 1999 eds.; Evans and Heller, 2003など).邦文で書かれた文献では鳥居・福間(1998)のレヴューが優れている. 応用と利点 †常温での初期帯磁率測定からは、主に磁性鉱物の量と大きさ、種類に関する情報が得られる。 地質試料の初期帯磁率測定の利点をまとめると次のようになる:
これらは、すべての物質が磁性を持っており、測定装置がそれらを測るのに十分な感度があることで生まれた利点である。ただし、低温・高温・高圧・強磁場など極端環境での測定や、極微量の試料の測定には未だ発展の余地がある。 適用範囲の広さと測定の迅速簡便さは、時間に限りのある乗船研究に特に有効である。 測定 †多くのメーカーが初期帯磁率の測定装置を製造・販売している.それらの多くは小型で(学習机に置ける程度の大きさ: 図1),野外でも測定できるタバコ箱サイズの製品も市販されている(図2).小型製品でも通常の地質試料の測定では感度上の問題はない.初期帯磁率異方性(後述)を測定する場合はやや高感度の装置が必要である。
初期帯磁率の測定は1 mT以下の弱い直流磁場または交流磁場を用いて行われるため、古地磁気情報を事実上乱さない。ほぼ全ての市販製品はノイズを抑えたり小型化できるといった理由で交流磁場(約0.5 kHz~10 kHz程度)を用いている.ブリッジ回路を用いるもの(例えばAGICO Kappabridges),インダクターコイルを用いるもの(例えばBartington MS2)など,いくつかのタイプがある.測定原理についてはCollinson (1983)が詳しい. 様々な鉱物の初期帯磁率 †初期帯磁率は鉱物によって異なる.一般にフェロ磁性鉱物(例えば金属鉄)とフェリ磁性鉱物(例えばマグネタイト)は比較的高い初期帯磁率を示す.寄生強磁性鉱物(例えばヘマタイト)と常磁性鉱物(例えば黒雲母,パイライト)の初期帯磁率は低い.反磁性鉱物(例えば石英,長石)も初期帯磁率が低いが,その符号はマイナスである(印加磁場とは逆向きの誘導磁化が発生する).いくつかの鉱物の初期帯磁率を図3に示す.各種鉱物の初期帯磁率データはHunt et al. (1995)やDearing (1999)にまとまっている.天然の鉱物は化学組成・結晶構造に幅があるため、同じ名前の鉱物でも初期帯磁率の値にはある程度の幅がある。
初期帯磁率の粒子サイズ依存性 †特に強磁性鉱物の場合、同じ鉱物でも大きさ(粒子サイズ)が異なれば初期帯磁率は異なるが、他の岩石磁気パラメータに比べその変動は小さい。例として様々な粒子サイズのマグネタイトの初期帯磁率を図4 (Till et al., 20011)に示す.超常磁性(SP)のサイズで初期帯磁率が高くなることはよく知られている.SP粒子は磁気緩和時間が短く,外部磁場の変化に対して瞬時に磁化が追従する(磁化しやすくなる)ためである.面白いことに、安定単磁区(stable SD)粒子、擬似単磁区(PSD)粒子、多磁区(MD)粒子の初期帯磁率はあまり変わらない.
堆積物や岩石の初期帯磁率 †堆積物や岩石は一般に複数の種類の鉱物の集合体である.よって堆積物や岩石の初期帯磁率はそれらを構成する鉱物の初期帯磁率の総和である. 堆積物や岩石に磁性鉱物(例えばマグネタイト)が含まれる場合,初期帯磁率はその鉱物(特にその含有量)にほぼ支配される.これは簡単な計算によって理解できる(表1).粘土鉱物の含有量が99.9%で残り0.1%がマグネタイトという仮想的な堆積物を考える.粘土鉱物とマグネタイトの重量初期帯磁率をそれぞれ0.1 x 10-6 m3/kg, 500.0 x 10-6 m3/kgとし,トータル初期帯磁率に占めるそれぞれの鉱物の寄与率を計算した.粘土鉱物の寄与率は16.7%であるのに対し,0.1%しか含まれていないマグネタイトが80%以上の寄与率を示す.従って(チタノ)マグネタイトや(チタノ)マグヘマイトといった初期帯磁率の高いフェリ磁性鉱物が含まれている場合は,SP粒子の影響が無視できるならば,堆積物や岩石の初期帯磁率はそうした磁性鉱物の含有量を指標するものとみなすことができる. SP粒子は比較的高い初期帯磁率を示すため,それが含まれている場合はその量が少なくても比較的高い初期帯磁率となることに注意しなければならない.場合によっては初期帯磁率の周波数依存性の測定やMPMSを用いた低温測定によりSP粒子の存在を検討すべきである.
岩石の帯磁率ではフェリ磁性鉱物の有無を推定することはできるが、微妙な鉱物種や、起源の異なる同じ鉱物が入っているかどうか、といった詳細な解析にはやや不向きである。こうした解析には、強磁場を使った岩石磁気測定が広く利用されている。 参考文献 †
執筆者・改訂履歴 †
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