強磁場を利用した測定1:基本編 †概要:磁気ヒステリシス †外部磁場に対する強磁性体の反応の物理は広く研究されている。特に、強磁場中の振る舞いは比較的単純な原理で理解できる。このため、堆積物や岩石に対しても強い磁場をかけることで、含まれる強磁性体の特徴を知ることができる。 強磁場中の磁性体の振る舞いは磁気ヒステリシス曲線で表現される(図1).強磁性体に磁場Hを印加すると,磁化MはまずHとともに増加する.次にHを再び減少させると,HがゼロになってもMはゼロにならない.磁場がゼロの時の磁化を残留磁化と言う.十分に強い磁場をかけるとMは飽和磁化 Ms と呼ばれる値で飽和する。特に飽和磁化を経た後の残留磁化を飽和残留磁化 Mrs と呼ぶ。さらに磁場Hを逆向きにかけていくと同様なことが起こり,逆向きの飽和磁化を経て磁場をゼロに戻すと,逆向きの Mrs が観測される.このように,同じHの条件でも強磁性体が経た履歴によって獲得する残留磁化が異なる現象を,磁気ヒステリシスと呼ぶ. 岩石の磁気ヒステリシスの基本的な解析として,飽和磁化 Ms,飽和残留磁化 Mrs,保磁力 Hc,残留磁化保磁力 Hrc (Hcrとも表記する)の4つのパラメータを利用することが多い(図1).特にそれらの比である Mrs/Ms や Hrc/Hc の値が利用される。 飽和磁化の値は鉱物種によって決まっており、磁鉄鉱で約450 kA/m、赤鉄鉱で約2 kA/mである。その他のパラメータは鉱物種の他に、結晶の粒径や内部応力などに様々な程度で依存する。以下では磁気ヒステリシスの測定方法と、基本的な解析方法について解説する。
測定装置 †強磁場中で磁性体から生じる比較的弱い磁場を測定するための工夫がされた装置が利用できる.代表的なものは振動試料磁力計(Vibrating Sample Magnetometer; VSM, 図1)と交番磁場勾配磁力計(Alternating Gradient force Magnetometer; AGM, 図2)で、古地磁気・岩石磁気の世界ではMicromagと呼ばれるPrinceton Measurements社(現在はLake shore社の傘下)の製品が広く使用されている。VSMは磁化した試料が振動することでピックアップコイルに生じる信号を測定するのに対し,AGMは試料が磁場勾配から受ける力を圧電素子で測るもので,やはり振動させて共振による信号を利用する. 両者とも磁気ヒステリシスの測定が高速・容易に出来ることが特徴である。感度はVSMで5x10-10Am2, AGMで1x10-12Am2であり(カタログ値による),AGMの方が2桁半感度が高く、磁化の弱い堆積物や微小な試料の測定に向いている.一方,試料重量の上限は VSM で 10 gr (= 648 mg), AGM で 200 mg であり、不均質な試料の測定にはVSMの方が有効である.また、VSMはオプションを付けることで高温および低温での測定が可能であるが,AGMは低温測定のオプションのみが用意されている. VSMにおける高温測定の機構では,試料の下部数mmのところに熱電対が位置し,加熱のためのヒーターはさらにその下側に位置する.したがって,試料の実温度と熱電対により計測される温度が数℃~10℃程度ずれることもしばしばで,測定データ解釈の際にはこの温度差に注意を払う必要がある.VSMは試料取付部がガラスもしくはカーボン樹脂およびプラスチックなどでできておりそれほど繊細な取扱は要求されないが(図3),AGMは試料取付プローブに圧電素子が組み込まれているため(図4),静電気や物理的な衝撃を与えないように繊細な取扱が要求される.
振動試料磁力計の測定原理 †図5のような条件で原点に置かれた磁気双極子(M, 0, 0) が点 A (x, y, 0) に作る磁気ポテンシャルは
双極子が z = a・exp(iωt) で単振動するとき
したがって,コイルの巻き数 N,コイルの断面積 S とすると,コイルに誘起される電圧 V は
Micromag VSM では,電磁石により磁場を生成し,磁場の中間点でサンプルを垂直方向に振動させる.図6はサンプル位置付近の概念図で,pole caps は電磁石の極に相当する.pickup coils は pole caps の先端に取り付けられており,サンプルに誘起された磁化を,その大きさに比例した信号(電圧)として検出する.Micromag VSM の振動周波数は f = 83.00 Hz であり,振幅は可変である.
交番磁場勾配磁力計の測定原理 †交番磁場勾配磁力計では,電磁石先端の pole caps に gradient coils を取り付けて交流的な磁場勾配を発生させる(図7).電磁石による強磁場がx 方向に発生して磁化 Mx が誘起され,磁場勾配も x 方向にある場合は,試料は Fx = Mx ・ ∂H/∂x の力を受ける.交流(交番)磁界の場合,磁界の方向はその周波数に応じて +/- 方向に変化するため,それに応じて試料にかかる力も変化し,+/- 方向に振動する.
実際には,試料はプローブ(図4)に取り付け,プローブに内蔵された圧電素子によって試料の振動を電気信号として取り出す.試料とプローブの系は共振周波数を持つため,作用させる交流磁界の周波数をこの共振周波数に合わせることによって大きな信号を得ることができる. Micromag AGM の場合,マニュアルによると磁場勾配は 1.5 mT/mm (relative = 1), 150 μT/mm (relative = 0.1), 15 μT/mm (relative = 0.01)の3種を切り替えることができる.試料の磁化が強い場合は緩い磁場勾配を選んだほうが良い.試料の振動振幅は約 1 nm ~ 10 μm である.長時間の測定や磁化の強い試料の測定を行う場合は,敢えて振動周波数を共振周波数からずらした方がドリフトの影響を避けることができる. 磁区構造とヒステリシスパラメータ †強磁性体の磁化の起源は,近接する電子スピンの向きを揃えようとする交換相互作用である.一方,ややマクロなスケールでは,強磁性体全体の磁化が少ないほうがエネルギー的に有利となる.この二つの作用のバランスとして、強磁性体内部の磁気モーメントは、小領域にごとに向きを変えるように自発的に組織化する(図).少領域内では交換相互作用を満たすためにモーメントの向きを揃え,磁性体全体では磁化を少なくするためである. 外部磁場を印加すると強磁性体全体も磁化を帯びたほうがエネルギー的に安定になるため,磁区構造が変化する.そのため試料の磁区構造はヒステリシスに大きな影響を与える. 以下では,とくに断り書きがない場合は,強磁性体としてマグネタイトもしくはチタノマグネタイトを想定する. 単磁区(SD)粒子 †十分に小さい粒子の場合,交換相互作用が全面的に打ち勝って内部で磁区構造が生じない.これを単磁区(single domain; SD)粒子と呼ぶ.SD粒子の磁気ヒステリシスは、基本的にはMsが回転することで発生する(図9).理論的解析から(小玉(1999)を参照),多数のSD粒子からなる集団では Mrs/Ms=0.5 となる.ただし,SD粒子の配列が異方性を持っていたり,磁化容易軸が結晶磁気異方性に起因する場合は,Mrs/Msは0.5より大きくも小さくもなる. 特に磁鉄鉱の場合、保磁力Hcの値は通常30~50 mT程度で,針状の粒子の場合にはもっと大きくなることもある. Hrc/Hc の見積もりは Mrs/Ms ほど容易でないようだが,理論的研究から Hrc/Hc = 1~2 となることが知られている.Dunlop (2002a) は Hrc/Hc < 2 という指標を採用している.
多磁区(MD)粒子 †二つ以上の磁区を持つ粒子を多磁区(multi domain; MD)粒子と呼ぶ.MD粒子では,磁場Hの増加とともに磁壁が移動し,Hと同じ方向の磁化を持った磁区の領域が増加することで全体の磁化が増加する(図10).MD粒子の磁気ヒステリシスの理論は容易ではないが(Dunlop & Ozdemir (1997) を参照),基本的には磁化Mによる反磁場 Hd=-NM (N:反磁場係数)と外部磁場 H とがバランスするように M が発生すると考えて良い.
すなわち,Hの増加とともに磁壁が移動し,Mは傾き1/Nの直線に沿って増加し,粒子全体が同一方向に磁化されてしまったところで飽和磁化Msが達成される.実際には,不純物や内部応力のために磁壁の移動は多くのエネルギーの障壁を超えなければならず,Hの増加時はMは低めに,Hの減少時はMは高めになり,磁気ヒステリシスが現れる. 保磁力Hcは小さく,理論的研究から Hc < 10 mT 程度 とされている. Mrs/Msについては,M-H曲線の傾きが原点付近で1/Nであることから Mrs≒Hc/N となり,N=1/3(球)とすれば保磁力によって決まる.Dunlop (2002a) は Mrs/Ms < 0.02 という指標を採用している. Hrc/Hc については,Dunlop (2002a) は Hrc/Hc ≧ 5 という指標を採用している.
超常磁性(SP)粒子 †SD粒子ではあるが,熱擾乱により一定の磁化方向を保つことができない状態を超常磁性(superparamagnetism; SP)という.常磁性の磁化率と同様に,SP粒子の磁気ヒステリシス曲線はランジュバンの理論に従う.すなわち,SD粒子やMD粒子に比較して急激に立ち上がり,弱磁場ですぐに飽和する. 理論的には Mrs / Ms はゼロで,Hrc/Hc は定義できない.しかし,SP粒子を多く含む実際の岩石では Mrs/Msは小さく,Hrc/Hcは大きくなり, MD粒子と区別しにくいことが多い.初磁化率に着目すれば,SP粒子はMD粒子に比べて大きい値を示すため,区別することができる. 擬似単磁区(PSD)粒子 †マグネタイトの場合,SDの粒子径の上限は ~ 0.1 μm であるが,この上限を超えるとすぐにMDの磁気的性質が現れるわけではない.径 10 ~ 20 μm までは,磁気ヒステリシスパラメータはSD的な値からMD的な値へと次第に移っていく. 一般にこの範囲の径の粒子は2~数個の磁区に分かれており,SDとMDの中間的な性質を示す.そのため,擬似単磁区(pseudo-single domain; PSD)粒子と呼ばれる.PSD粒子の磁気ヒステリシス曲線は SD と MD の中間的なグラフとなる.PSDの磁性に対する決定的な理論は未だにないようである. 岩石の磁気ヒステリシス曲線 †岩石の磁気ヒステリシス曲線は,一般には図11のようにSP,SD,PSD,MDのそれぞれのM-H曲線の重ねあわせということになる.原理的には測定した磁気ヒステリシス曲線を解析して,各粒子の「標準曲線」を重ね合わせることで,それぞれの含有率を見積もることができる(デコンボリューション).しかし,岩石の磁性鉱物は通常チタノマグネタイトであり,チタン含有量によっても曲線の形が異なるので,この種の解析はかなり複雑となる.近年では FORC (First-Order Reversal Curves)測定と言って,作用磁場を徐々に変化させながら多数の minor loop ヒステリシス曲線を描くことによって,この種のデコンボリューションを行おうとする試みも活発になっている.
"Day plot"による磁気的粒度解析 †Day et al.(1977)は,粒子サイズとチタン含有量を変えた種々のチタノマグネタイト人工試料を用いて磁気ヒステリシス測定を行った.チタン含有量と粒子径によって少しづつ異なる基礎的データが得られたが,縦軸にMrs/Ms,横軸にHrc/Hcを取ったダイアグラム上にこれらのデータをプロットすると,チタン含有量によらず一つの帯状の領域に分布することが示された(Day Plot, 図12). このダイアグラム上で,SDとMDに対するMrs/MsおよびHrc/Hcの理論上の下限や上限を表す境界線を引くと,概ねSD,PSD,MDの3つの領域に測定値が分かれ,とくにPSD領域に多くが分布することがわかった.このダイアグラムは磁性粒子の磁区の状態を簡単に推定する手段として広く利用されることとなった.
Dunlop(1986)はさらに多くのデータをまとめた.試料の製法や研究者が異なると Mrs,Hc,Hrc などの個々の磁気ヒステリシスパラメータは大きな違いを示すが,Day plot上では比較的良くまとまった分布になることを示した.さらに,Dunlop(2002a,b)はマグネタイト(TM0)およびチタノマグネタイト(TM60)が示す Day plot パラメーターの理論的・実験的研究をすすめ,下記のような結論を得た.
その他の種々の岩石磁気手法も利用して,VSMやAGMで得られた磁気ヒステリシスのデータを中心として岩石に含まれる磁性鉱物の粒子サイズ分布を調べる実験は,magnetic granulometryと呼ばれている.ここでは「磁気的粒度解析」と訳しておく.磁気的粒度解析は古地磁気の多くの分野で利用・応用されている.たとえば,堆積物から古地磁気強度相対値変動を明らかにする際の裏付けとなる岩石磁気データの保証,現在や過去の気候や環境を調べる環境磁気学での利用などが挙げられる.図13は,火山岩から古地磁気強度絶対値の測定を行った研究で,測定値の信頼性を検証するために行われた磁気的粒度解析の結果を示したものである.
FORCs (First-Order Reversal Curves) 測定 †概要と測定法 †通常,磁気ヒステリシス測定を行う際は,誘導磁化が飽和に達するまでの外部磁場を +/- 両方向に作用させる測定を行い,Ms, Mrs, Hc, Hrc を求めることが多い ("major curve" と呼ばれる).しかし,この解析だけでは多くの有用な情報が失われてしまう.上で見たように,岩石中の磁性粒子ひとつひとつが粒子形状や磁区構造などに応じたヒステリシスをもつので,ヒステリシス測定の”微分”のようなものを見れば,磁性鉱物のミクロ分布の情報が得られるであろう.そこで,段階的に作用磁場を変化させて多数の M-H 曲線を描くような測定を行い,これらの曲線を解析することによってより多くの情報を引き出そうということが行われる.このような測定の代表的なものとして,FORCs (First-Order Reversal Curves; Mayergoyz, 1986) 測定がある.特に,近年 FORC分布(後述)の推定方法の改善と,FORC diagramsという解析手法の開発が行われ (Pike et al., 1999; Roberts et al., 2000) ,堆積物の分析を中心に応用が広がっている. FORCの測定手順は下記のようなものである 図14.
もっとも単純には,FORC分布はミクロな保磁力を示すと考えられる.図9で紹介したとおり,単一のSD粒子のヒステリシスは,特定の磁場 (switching field: Hsw) で不連続に変化(逆転)するという特徴を持つ.この場合FORCsは図のようになり,FORC分布は Ha=Hb=Hsw の点で無限大のピークを持つ.実際には測定・解析手法からピークは有限にとどまる.多数の磁性粒子を含む試料を測定した場合,FORC分布は個々の粒子の Hsw の分布を示す.
FORC diagrams とその解釈 †Hu = (Hb + Ha) / 2 , Hc = (Hb - Ha) / 2 で表される座標変換を行い,Hc を横軸に,Hu を縦軸にとり,FORC 分布をプロットする.これを、FORC diagramと呼ぶ.FORC diagram では,Hc はミクロな保磁力,Hu は相互作用磁場を表す.これについて理解するためには,図14(e), (f) のような模式的な SD 粒子のヒステリシスループを考えてみればよい. 図14(e) は,磁気相互作用のない系において,孤立した一軸形状異方性の SD 粒子の磁化容易軸方向に +/- の磁場を作用させた場合の模式的なヒステリシスで,Ha = -HSW , Hb = HSW である.したがって, Hu = 0 , Hc = HSW となり,測定試料が全て同等の SD 粒子群によって構成されている場合の FORC 分布はこの点の分布に寄与する.様々な大きさの HSW を想定すると,Hc 軸上にのみ分布が存在する FORC diagram となる( Hu 軸方向には全く分布を持たない). 一方,図14(f) は,一軸形状異方性の SD 粒子の磁化容易軸方向に一定の相互作用磁場 Hint がある場合の模式的なヒステリシスである.Ha = -HSW + Hint , Hb = HSW + Hint であるため, Hu = Hint , Hc = HSW となり,測定試料が全て同等の SD 粒子群によって構成されている場合の FORC 分布はこの点の分布に寄与する.様々な大きさの HSW を想定すると,Hu = Hint で表される直線の FORC diagram となる(Hc 軸上のみの分布を Hu 軸方向に Hint だけ移動させた分布となる). これらのことを考慮すると,おおむね,各粒子サイズに対応する FORC diagram の形状は下記のようになる.
実際の測定例としては,図15 を参照のこと.この図はあくまでも一つの例であり,近年では多数の測定例が原著論文として公表されている.
作図のためのソフト †Micromag VSM/AGM の制御ソフト(Windows 上で動作する)には FORC 測定を行うためのメニュー(コマンド)が準備されている.Ha , Hb , Hsat , 測定する FORC の総数などを指定するだけで,あとは自動的に測定が行われる.実験条件によって大幅に変わるが,一つの試料の測定におおむね 2 ~ 3 時間程度かかる.測定データはテキスト形式で数字の羅列として記録されるだけで,FORC diagram として図が得られるわけではないので,別途,測定データから FORC diagram を作図するソフトが必要となる. 筆者の知る限りでは,論文として公表されている作図ソフトは Acton (2007) による "FORCIT" と,Harrison and Feinberg (2008) による "FORCinel" がある.これらは彼らのホームページからダウンロード可能である."FORCIT" は FORTRAN77 で書かれたプログラムで,GMT を呼び出して作図を行う.FORTRAN プログラムをコンパイルして実行可能な環境(UNIX 環境),かつ, GMT がインストールされていて実行可能な環境を準備する必要があるが,有償のソフトウエアが必要ないという利点がある.一方,"FORCinel" は IGOR Pro という商用ソフトから呼び出すサブルーチンとして設計されている.Hc = 0 の軸上でも他の領域と同じ Smoothing Factor を用いて FORC 分布を計算可能など, "FORCIT" に比べて様々な解析上の利点があるようだが,詳細は原論文を参照して頂きたい. もう一つ,よく使われている作図ソフトとしては,通称 "FORCObello" というものがある.Winklhofer 氏によって書かれたもので,MATLAB から呼び出すサブルーチンとして設計されている.ホームページなどでは配布が行われていないため,入手するためには個人的にコンタクトを取る必要があると思われる.このソフトの文献としての引用は Winklhofer and Zimanyi (2006) となっているが,解析の考え方などがまとめられたもので,ソフトそのものについて紹介しているわけではない. 参考文献 †
執筆者・改訂履歴 †-臼井 改訂中です。
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