パススルー型超伝導磁力計システム †はじめに †過去の地球磁場の変動を復元するために,海底から採取された堆積物のコアは欠かせない試料である。堆積物の保持している磁化をできるだけ詳細に読み取るために,これまで多くの様々な努力が行われてきた。その結果,実用化されることになったのがパススルー型あるいはロング・コア用と呼ばれる超伝導磁力計である。ここでは,パススルー測定のための試料採取と超伝導磁力計の概要,測定上の注意やデータ処理の手法について解説する。 U-チャネルとキューブ †堆積物コアから磁化測定用の試料を採取する一般的な手法は,プラスチック製のキューブ(図1)をコアの切断面に挿入することである。従来のODPの航海では船上において1つのセクション(1.5 m)から採取できるキューブ試料は,最大でも6~7個程度であった。古地磁気学の研究用にコア試料が提供される場合にはほぼ連続的にキューブ試料を得ることもできるが,多数の試料採取や測定に膨大な労力を要することになる。たとえば,1.5 m のセクションからは約 65 個のキューブ試料を連続採取可能であるが,キューブ 1 個あたりの採取には経験的に 2-3 分程度の時間が必要であり,採取だけでも計約 3 時間程度かかることになる.そこで考案されたのが,U-チャネル(図2)と呼ばれる細長いプラスチック容器の利用である。1.5 m のセクションから 1 本のU-チャネルを採取するのに必要な時間は経験的に約 10-15 分程度であり,キューブ試料の採取に比べて劇的に時間が節約できる. U-チャネルとは元々,建材や機械の部材につかわれる材料で,断面がU字型になった金属やプラスチック製の筒のことである。これが堆積物のサンプリングに利用されるようになったのは,水圧ピストン・コアラーで不撹乱の堆積物が採取されるようになった1980年代のことである(Tauxe et al., 1983)。その後,1985年に始まったODPでJOIDES Resolutionにコア試料を測定するための超伝導磁力計が搭載され,U-チャネル用のパススルー型磁力計の実用化も進められた(Nagy and Valet, 1993; Weeks et al., 1993)。
堆積物コアからのサンプリング †現在よく使われているU-チャネル(図2)は断面が2×2cm,長さ1.5mで, ODPコアの1セクション(最長1.5m)から連続試料を採取するために設計されたものである。ただし,通常は船上でU-チャネル試料を採取することは不可能で,航海終了後に開催されるサンプリング・パーティでまとめて採取することが多い。 ODPやIODPの多くのサイトでは,複数の掘削孔(Hole)からコア試料が採取される。これには,9.5mのコアを順次掘り進めていくときにコア間のギャップが生じ,連続的な堆積物が回収できないこと,様々な分析を行なうために多量の試料を確保する必要があるなどの理由がある。 古海洋学をテーマとする航海にはstratigraphic correlaterと呼ばれる研究者がいて,船上での初期磁化率、密度、色相等の測定結果やディジタル画像に基づいて同一サイトの掘削孔の間のコアの対比を検討し,複数のコアに共通の深度(composite depth)を決定する。この結果,2つ(あるいはそれ以上)の掘削孔を行き来する形で連続的なセクションが設定される。これをスプライス・セクション(splice section)と呼ぶ。 図3にODPのSite 1010で設定されたスプライス・セクションの例を示す。このサイトについては,Hole CとHole Eのスプライス・セクションの保存用半割コア試料(archive half)からほぼ連続的にU-チャネル試料が採取され(図4),磁気層序の研究に用いられた(Hayashida et al., 1999)。
SQUIDの原理とパススルー磁力計の構成 †超伝導磁力計の性能を支えるのは,SQUIDあるいはジョセフソン素子と呼ばれる超伝導量子干渉素子(Superconducting QUantum Interference Device)である。超伝導状態のピックアップ・コイルに帯磁した試料が近づくと,内部に磁力線が入るのを妨げるためコイルに電流が生じる。さらに磁場が大きくなると,磁束量子の単位でコイル内に磁束が侵入する。このときの電流の変化を電圧に変換し,高精度の磁化測定を可能にするのがジョセフソン素子である(図5)。SQUIDやジョセフソン効果についての解説は中嶋貞雄(1988,『超伝導』,岩波新書)や小玉一人(1999,『古地磁気学』,東大出版会),Goree and Fuller (1976),Fuller et al. (1985)などに示されている。
1970-80年代の超伝導磁力計の多くは縦置き型で,液体ヘリウムと真空層を含む容器の中央にあけられた室温ボアに上部から試料を挿入する形式であった(図6)。現在では,パススルー測定を可能にするため,両側から試料を出し入れできる横置き型の装置が広く用いられている。この超伝導磁力計本体に,交流消磁(3軸)と非履歴残留磁化(ARM)付加用のコイル,等温残留磁化(IRM)付加用のパルス磁化器を組み合わせ,ステッピング・モータを用いて半割コア試料やU-チャネルを駆動可能な「パススルー型超伝導磁力計システム」が実用化されており,膨大な測定を迅速に行なうことができる(図7)。
ピックアップ・コイルの形状によって、センサーの応答曲線(レスポンス・カーブ)も変わってくる。後述のように,U-チャネル試料の測定用に設計された装置(2G model 755)の室温ボアの直径は4.2cmで,狭い幅のピークを持つレスポンス・カーブが採用されている。U-チャネルだけでなくコア試料あるいは半割コアを測定する場合,ボア径7.6cmの装置(2G model 760)が用いられることが多い。また,主にキューブや1インチ・コアなど個別試料を測定する場合は,中央部が平坦なレスポンス・カーブを持つピックアップ・コイルが望ましい。 なお,U-チャネルやコアのパススルー測定において後述のデコンボリューションを行なわない場合,堆積物の磁化が一様であると仮定して体積当たりの磁化強度(emu/cm3またはA/m)と偏角,伏角の値を求めることになる(たとえばTauxe and Wu, 1990)。磁力計の出力に寄与する試料の体積はレスポンス・カーブの形状によって決まり,2G model 755の場合,x軸とy軸で約4 cm,z軸ではその1.55倍の厚さの堆積物の磁化を測定しているとみなされる("effective volume")。 感度とフラックスジャンプ †2G社の磁力計で使われるDC SQUID(Model 581)の出力は整数部と小数部(5桁)が個別に表示され,これを合わせた磁束量子単位の値に各センサーの較正係数を掛けて磁化強度に換算する。較正係数φ0は通常10-4 ~ 10-5 emuのオーダーであり,出力の最小変化は10-9 ~ 10-10 emu(10-12 ~ 10-13 Am2)程度に相当する。 2G社の仕様書でノイズ・レベルは2×10-9 emu(2×10-12 Am2)以下とされており,条件のよい実験室ではこれに近い再現性を実現することができる。ただし,必ずしもここまで弱い磁化強度の堆積物を測定できるわけではない。超伝導磁力計の感度はU-チャネルを駆動するためのトレイやストリングなどの磁化よりも小さいものであり,これらの影響を除去/補正する必要がある。特に,ARM,IRMなどを測定した後に磁化の弱い試料を測定するときには注意を払わなければならない。 SQUID磁力計の特性として,磁場の変化が急速に起こった場合,ピックアップ・コイル内への磁束の侵入が正しく計数されないことがある。このような現象を「フラックス・ジャンプ」と呼ぶ。たとえば堆積物に印加したARMやIRM,あるいは火山岩の自然残留磁化のような強い磁化を測定するとき,試料がセンサーを通過した後も磁力計の出力が元に戻らないことが起きる。試料の駆動速度を小さくすることによって改善されることもあるが,根本的な解決は難しい。フラックス・ジャンプは、センサー固有の値である上記の較正係数φ0の整数倍の、見掛け上の磁化の段差としてデータに現れるため、ノイズによる場合のような単発的に起きた場合はあとで除くことができる(図8)。Xuan and Channell (2009)によって公開されている Upmag というソフトを利用すると、かなり容易に補正することができる。
実験室によっては,周辺の電磁気的ノイズの影響でフラックス・ジャンプが起こることもある。電磁ノイズのシールドを行うことも,良好な測定のためには必要不可欠である。たとえば,JOIDES Resolutionに搭載されているパススルー磁力計は,本体が船体から浮かせてあり(図9),また,接続されているケーブルのほとんどはμメタルのフォイルで巻かれて電磁シールドがされている(図10)。しかし,JOIDES Resolution船上には磁気シールド室が設置されていないため,船の移動などにより外部磁場が変化し,陸上のシールド室内での測定環境に比べて概してノイズ・レベルは高い。「ちきゅう」船上には磁気シールド室が設置されている。
ピックアップ・コイルの形態とセンサー応答曲線 †パススルー型超伝導磁力計のピックアップ・コイルの形態は図11のようになっており,コイルの中心だけでなく,ある幅にわたって感度を持つ。センサーの感度曲線,すなわち応答曲線(レスポンス・カーブ)は,ポイントソース(微小体積中に磁気モーメントが集中している試料: たとえば磁気テープの小片など)を用いて測定することができる。 X方向のみに磁化をもつポイントソースを測定すると,その磁化はX軸センサーのみならず(XX),Y軸およびZ軸センサーにも応答を与える(XY, XZ)。Y方向のみの磁化,Z方向のみの磁化をもつソースを測定しても,YY, ZZ 以外に YX, YZ, ZX, ZY という応答が得られる。高知コアセンターの磁力計の応答曲線を図12に示す。XX, YY の感度幅が中心からそれぞれ約4.6cm, ZZ の感度幅が中心からそれぞれ約5.4cm程度となっており,XX, YYのすそ野の部分に符号が反転している部分(Negative lobe)が存在することも分かる。前述のように,X方向の磁化に対してZ軸のコイルにも出力があること(XZ),逆にZ方向の磁化に対してX軸のコイルにも出力があること(ZX)など,クロス項の存在(XY, XZ, YX, YZ, ZX, ZY )に注意が必要である。 そのほかの磁力計の応答曲線の例を図13に示す。これは,ボア径4.2cmのu-channel専用の磁力計の例であり,感度幅が中心から約5cm程度となっている。一方,ボア径7.6cmの汎用の磁力計では約10cmになる。このように,センサー応答曲線は機器によって異なることに注意が必要である。
デコンボリューション †パススルー測定においてはセンサー応答曲線が幅を持つことから,磁力計の出力はサンプルの磁化とセンサー応答曲線の「コンボリューション(畳み込み)」になっている。概念を図14に示す。図13に示すボア径4.2cmのu-channel専用磁力計のセンサー応答曲線の場合は,約10cmにわたるサンプルの磁化が寄与していることになる。 したがって,測定間隔をいくら細かくしても,生データのままでは分解能は向上しない。また,不均質な磁化をもつサンプルでは,センサーの感度中心にない部分の磁化に大きく影響されて,みかけの変動(極端な場合は逆転!)が現れる場合もある。たとえば,磁化方向は一様なものの,negative lobeの部分に前後より非常に強い磁化をもつサンプルの場合,みかけの測定結果がどうなるか思考実験をしてみると良い。IODP船上での半割コアのパススルー測定データの解釈には,センサー応答曲線との関係を理解しておくことが必要である。 U-channelの測定データから充分な情報を引き出すために,デコンボリューション(逆畳み込み)手法が開発されてきた。デコンボリューションを行うためのパススルー測定としては,1 cm 程度以下の間隔による測定,サンプル始端の手前および終端を越えて少なくともセンサー応答曲線の幅の 1/2 以上の距離までの測定,そしてサンプル位置の精密な制御が必要である。実際の適用例を図15に示す。ボア径 4.2 cm のシステムで約 1 cm, ボア径 7.6 cm のシステムで約 2 cm の分解能が期待できる。 具体的方法や有効性については,古典的なものとしては Oda and Shibuya (1996), Guyodo et al. (2002), Yamazaki and Oda (2004)を参照されたい。最近では,さらに発展した手法が Oda and Xuan (2014) によって発表され,Xuan and Oda (2015) によって UDECON というソフトが公開されている。前出の Upmag というソフトと親和性が高く,センサー応答曲線を準備できれば,かなり容易にデコンボリューション解析を行うことができる。
交流消磁 †通常の交流消磁では,交流磁場発生コイルの中にサンプルを設置し,コイルに発生させる交流磁場を徐々に増加→一定振幅→減衰させることによって行う.一方,パススルー超伝導磁力計システムにおける交流消磁は,一定振幅の交流磁場が発生しているコイルのなかをサンプルが通り抜けて出て行くことによって行われる。つまり,サンプルが感じる交流磁場の減衰レートは,サンプルの駆動速度(トレーの移動速度)に依存することになる。消磁は一軸づつ順に行われる。磁力計センサー部と消磁コイルを一列に配置することによって、消磁と測定の繰り返しを完全に自動化することができる。 キューブ試料の消磁は,u-channelトレイにセンサー応答曲線(感度幅)以上の間隔で試料を並べることにより,8個(高知コアセンターの場合)を全自動で段階消磁および測定可能である(12段階程度で40~50分→1日100個程度可能)。パススルー超伝導磁力計システムの出現により,段階消磁が飛躍的に効率化され,堆積物コアの研究では全サンプルを段階消磁するのが世界のスタンダードとなった。 非履歴性残留磁化(ARM) †ARMの獲得を支配する主な要因は
であるが、これ以外に
にも支配される。従って、異なるARM着磁装置を用いたデータは、DC, AC磁場強度が同じであっても厳密な比較はむずかしい(Sagnotti et al., 2003)。パススルーシステムの場合、トレイの移動速度が交流磁場の減衰速度を決めるため、移動速度を同じにしないと、同じ装置を使ったデータでさえも比較できないことに注意を要する。 等温残留磁化(IRM) †消磁コイルに加えて,IRM用コイル(パルスマグネタイザー)をパススルー磁力計システムに接続して一列に配置することで,IRM着磁および消磁・測定をも自動化することが可能である。しかし,常用には以下の問題がある。
高知コアセンターの場合,パススルーシステムからIRM用コイルを分離して設置している。 執筆者 †
参考文献 †
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