磁気天秤 †概要 †磁気天秤は,基本的には電磁石と電気炉を組み合わせた系に「天秤」もしくは「振り子」の機構を付け加えたもので,磁性体に働く力を計測することによって磁化を測定する.試料の温度と印可磁場を制御できるため,温度-磁化曲線の測定が可能で,強磁性試料のキュリー温度を決定することができる.試料空間を工夫すれば,真空雰囲気やガス雰囲気で試料を加熱/冷却することも可能であり,加熱に対する可逆/不可逆性の検討をすることもできる. 高知コアセンターの古地磁気・岩石磁気実験室に設置されている磁気天秤は,(株)夏原技研製の NMB-89 という型式の装置である(図1).2010年時点で国内に同型機が2台存在する(同志社大・信州大).100 mg 程度以下の粉末状試料あるいは岩石片を試料としてセット可能で,室温~700 ℃までの温度制御と0~+0.8 Tまでの外部磁場の制御が可能である.雰囲気制御は,大気圧~10 Pa 程度までの低・中真空域と,ガス置換(Ar/He)での測定が可能である.
原理と機構 †図2で示す系のように不均一な磁場中に磁性体を置くと,磁性体は並進力 F = Mx ・ ∂Hx/∂y をうける.
この並進力 F を計測すれば磁気モーメント M を求めることができるが,その計測機構には「天秤」と「振り子」の2タイプがある(図3).
高知コアセンターの磁気天秤は「振り子」式である.磁気振り子の振れに対して,それを引き戻すようにフィードバックコイルに電流を流し,試料の位置がゼロ位置に保たれるようになっている(ゼロ点法).したがって,フィードバックコイルの電流値が,試料の磁気モーメントの強さに比例することになる.制御が振動的になることを抑えるため,ダンパー(オイルダンパー)が組み込まれている.これらの制御を実現するため,天秤の機構は図4のようになっている.
電気炉なども含めた機構は図5のようになっている.
温度-磁化曲線の測定: 熱磁気分析 †試料を一定のレートで加熱・冷却し,磁化の温度変化を求める.目的によって加熱・冷却レートはまちまちであるが,5~15℃/分 の範囲で行う場合が多い.測定は,空気中/真空中/不活性ガス中(Ar, He)のいずれかの雰囲気下で行う. 測定結果としては,図6のような磁化温度曲線(Js-T曲線)が得られる.磁気的変化(キュリー温度Tc, 磁気的相変態点),加熱による鉱物の化学変化(結晶構造の変化,酸化・還元反応(強磁性鉱物の生成・消失))などに着目し,含有磁性鉱物の推定を行う.
温度較正 †試料の温度は,電気炉に組み込まれている熱電対で計測する.一般の磁気天秤では熱電対は試料に直接接触しているわけではないので(図5),試料温度を直接計測することはできない.あらかじめキューリー温度(Tc)が分かっている「標準試料」を準備し,次の手順で温度の較正を行う.
よく用いられる「標準試料」として,以下のようなものがある.
高知コアセンターの磁気天秤では,試料と熱電対の位置が非常に近接しており,なおかつごく少量の試料を取り扱うため,熱電対による計測温度と試料の実温度が一致していることが確認されている(較正の必要がない). キュリー温度(Tc)の推定 †熱磁気分析によって得られた磁化温度曲線からキュリー温度を計算する方法は,様々なものが提案されている. Inflection point method (Bozorth, 1958) †変曲点(最大勾配)を用いる. Intersecting tangents method (Gromme et al, 1969; Prevot et al, 1983) †Tc前後のJs-T曲線の接線の交点を求める.→ "Graphical method"
Extrapolation method (Moskowitz, 1981) †強磁性のJsは,Tc近傍では Js ∝ ( Tc - T )1/2 と変化するため,T0 = Tc - 100 のとき Js0 とすると下記の関係を導くことができる.
[ Js(T) / Js0 ]2-T 曲線の最小自乗近似からTcを求める.
Differential method (Tauxe, 1998) †Js-T曲線の最大曲率の点 = 二次微分の最大値の点を求める.二回の微分によって測定データに含まれるノイズが大きく増幅されるため(図9),数点の移動平均を取る or フィルターをかけるなどしてデータを平滑化してから解析すると良い.
磁性鉱物の推定 †マグネタイトおよびチタノマグネタイト †マグネタイト(Fe3O4)のキュリー温度は約580℃である(図10).
陸上の火山岩の場合,マグネタイトが含まれることは稀で,ウルボスピネル(Fe2TiO4)とマグネタイト(Fe3O4)の固溶体であるチタノマグネタイト(Fe3-xTixO4)が含まれることが多い.固溶体比 x とキューリー温度の間には図11のような関係がある.
陸上の火山岩では,形成時初期に高温状態(約400~500℃以上)で酸化を受け(高温酸化),x ≦ 0.6 のチタノマグネタイトが含まれることが多い.一方,海底玄武岩は形成時に急冷され高温酸化を受けないため,固溶体組成 x = 0.6 のチタノマグネタイトが含まれることが多い.室温における x = 0.6 のチタノマグネタイトの自発磁化はマグネタイトの約1/4である. ヘマタイトおよびチタノヘマタイト †ヘマタイト(Fe2O3)のキュリー温度は約680℃である(図12).ただし寄生強磁性であるため,自発磁化はマグネタイトの約1/200と非常に弱く,試料中にマグネタイトなどと共存する場合は検出に注意を要する.
ヘマタイト(Fe2O3)と常磁性のイルメナイト(FeTiO3)は固溶体をつくり,多くの場合はチタノヘマタイト(Fe2-yTiyO3)として産出する.文献・研究者によっては,この固溶体を「イルメノヘマタイト」「ヘモイルメナイト」と呼ぶ場合もある.固溶体比 y とキュリー温度の間には図13のような関係がある.
y ~ 0.6 のチタノヘマタイトは「自己反転熱残留磁化」を獲得するため,注意が必要である.火山軽石などによく見られる. マグヘマイトおよびチタノマグヘマイト †マグネタイトおよびチタノマグネタイトが低温(約200℃以下)で長期間酸化的環境にさらされると,鉱物の表面付近から Fe2+ が拡散して格子欠陥となり,マグヘマイト(γFe2O3)およびチタノマグヘマイト(γFe3-xTixO4)が生成する(低温酸化).いずれの鉱物も加熱に対して不安定であるため,空気中および真空中加熱で分解してマグネタイトおよびチタノマグネタイトとなり,不可逆なJs-T曲線が得られる(図14).キュリー温度は正確に求めることができない.実際の地質試料中では,マグネタイトおよびチタノマグネタイトと共存している場合が多い(「酸化被膜」というイメージ).
低温酸化の度合いを表す指標として,z パラメーターが用いられる.0 ≦ z ≦ 1 であり,z=0 は低温酸化を受けていない状態に相当する. 鉄硫化物:ピロタイト †天然のピロタイト(Fe1-xS)は,単斜晶系でフェリ磁性のFe7S8と,六方晶系で反強磁性のFe9S10やFe11S12の混合体として産することが多い(図15). Fe7S8のキュリー温度は約320℃であり,室温における自発磁化はマグネタイトの約1/6である.六方晶系のFe9S10は,約200~265℃の範囲でフェリ磁性を示す.その影響はJs-T曲線の加熱カーブで局所的な磁化の増加として観察され,「λ転移」と呼ばれる.
鉄水酸化物:ゲータイト,レピドクロサイト †ゲータイト(αFeOOH)は泥や堆積物に含まれることが多く,弱いながらも磁性を示す.室温における自発磁化はマグネタイトの約1/240,ヘマタイトの約4/5である.キュリー温度は約120℃であるが,少量の不純物が混ざるだけでこの温度は大きく低下する.加熱すると250-400℃程度で脱水反応を起こし,ヘマタイトに変化する. レピドクロサイト(βFeOOH)は稀に泥や堆積物に含まれるが,常温では自発磁化を持たない.しかし,250℃以上に加熱すると脱水反応によりマグヘマイトに変化して強い自発磁化を持つため,注意が必要である. 執筆者 †
|