帯磁率異方性の測定

はじめに

岩石内部の粒子配列を知るには,これまで薄片観察やSEMなどを駆使し大変な労力を伴う「解析作業」が必要であった.特に,粒子サイズの小さな泥岩やシルト岩などについては統計的な観察はほぼ不可能であると行ってよい.1980年代から急速に普及し始めた帯磁率異方性測定(Graham,1966; Hrouda,1978)は,試料中に含まれる微細な磁性鉱物配列を反映するため,様々なファブリック解析を容易に行うツールとして地位を確立した(e.g., Byrne et al., 1993).

しかしながら,測定の簡便さとは裏腹に結果の意味する内容を吟味するためには,高度な岩石磁気学的知識と地質学的なノウハウを必要とするのも事実である.近年における機器の進歩はめざましく,極めてブラックボックス化した構成となっているが,期待する結果を紐解くには専門的な知識と経験が必要であることに変わりはない.ここでは,帯磁率の基礎から帯磁率異方性(Anisotropy of Magnetic Susceptibility : AMS)の原理,問題点などを順に分かりやすく解説したい.

帯磁率とは

帯磁率とは試料の磁気的性質を検討するうえで重要な指標の一つであり,帯磁率が大きい磁性体ほど獲得する磁化強度も比例的に大きくなる.磁化強度と帯磁率は混同される場合があるが,その意味するところはまったく異なっていることに注意が必要である.磁化強度は,磁性体の獲得磁化の強さであり,同じ磁性体試料であっても与えられた外部磁場の強さによってその値は様々である.帯磁率は,ある一定の外部磁場を与えたときに獲得する磁化強度の比として算出される.

K = M/H

Kは試料の帯磁率であり,Hは与えられた外部磁場強度,Mはそのときに獲得した磁気モーメントの強さである.測定された帯磁率は試料の体積もしくは質量で規格化される.なお,Kの値は SI 単位系の無次元数である.

帯磁率異方性とは

様々な磁性粒子が存在するが,その形状や配列などによって3次元的な帯磁率強度分布が異なってくる.例えば棒磁石などの磁性体ならば,その形状の長軸方向に磁化しやすく短軸方向に磁化しにくい事が想像できる.こうした磁化の許容量である帯磁率の偏りを異方性と呼ぶ.試料の3次元的な帯磁率を測定するために,結果は2階のテンソル成分として表現できる.これにより,帯磁率異方性の広がりを長軸・中軸・短軸の3成分を持つ異方性楕円として表すことが出来る (図1).

私たちが扱う岩石試料内部には多くの磁性鉱物が含まれている.従って,測定して得られる結果は,単体の磁性鉱物粒子が持つ異方性の総和である.従って,得られた結果は磁性鉱物粒子の平均配列方向を見ているものと解釈できる.なお,ここでは帯磁率異方性が各磁性体の形状異方性と一致すると仮定が必要である.得られた結果は,異方性の強度,方向,状態が様々なパラメータ(e.g., Jelinek, 1981)やステレオプロットで表現される (図2).

図1
定方位試料と測定方向の模式図
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図2
テンソル成分から得られる異方性楕円とステレオダイアグラム(上).粒子配列と異方性の違い(下).
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試料の採取と整形

野外で行われる試料採取は,異方性軸の方向性を論じるために古地磁気学で用いられる定方位試料採取法をもとに実施される(図1).野外ではエンジンドリルを用いて直径約 2.5 cm の円筒形コアを採取し,研究室で約 2.5 cm の高さになるように切断する.また、破砕帯のようにエンジンドリルによる採取が困難な露頭では,こぶし大から 20 cm 四方程度のブロックを定方位で採取し,研究室などで 2.5 cm 四方または岩石ドリルにて直径 2.5 cm のコア状に整形する.測定試料を整形する際には,野外で測定しマーキングした定方位面を保存しつつ風化面などが除去される.なお,未固結堆積物からなる海底コア試料では一度コアを半裁した後にプラスティックキューブを用いて測定用試料を採取する.

試料の形状はなるべく等方的なほうが良い.極端な形状の試料は,測定誤差が大きくなるため使用しない.

測定のしくみ

強磁性鉱物の効率的かつ正確な帯磁率測定を目的として,ある周波数をもつ交流磁場を用いた測定手法が一般的である.測定器に備えられたコイル内部に試料を入れ,ある周波数・強度の交流磁場を印加したときのインピーダンス(抵抗)を求める.あらかじめ定量されているコイルのインダクタンス(透磁率)と測定電位の位相差から試料の透磁率を計算する.加えた交流磁場強度・周波数および位相差,試料の質量(もしくは重量)から帯磁率が求められる.使用する機器にもよるが,帯磁率異方性を測定するAGICO社Kappa Bridge では,交流ブリッジ回路 (図3) によって微細な磁化率の変化を測定できるよう構成されている.この機器は1kHzの周波数と100μTの強度を持つ交流磁場を発生する.より詳しい電磁気学的原理については Graham (1966)やTarling and Hrouda(1993)を参照されたい.

図3
模式的な交流ブリッジ回路.
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測定では,定方位で採取した試料の様々な方向での帯磁率強度を求める必要がある.テンソル計算(行列計算)の鏡像算出を生かし,通常はX,Y,Z軸方向それぞれにおいて,ある角度ごとに測定を行うことで全体の異方性を算出する.最近では自動的に試料を回転させるスピナーユニットを装着し,さらに測定が簡便になっている.

クロスチェック

基本的に強磁性鉱物(特にマグネタイト)の挙動に大きく左右される.従って,粘土鉱物や他の常磁性鉱物配列に直接対比は難しい.海成粘土など帯磁率の弱い試料については,パラ磁性粒子などの配列を高周波帯磁率分析やSEM観察などによって補完しなければならない.また,試料中の粒子サイズにばらつきがある場合は注意が必要である.内部に含まれるサイズの大きな磁性鉱物に結果が左右されやすい為である.実際に野外から採取される試料は均質であることが好ましいと言える.当然,地質学的な見地に基づく他分析のクロスチェックが必須である.

磁性鉱物がいつのファブリックを反映しているのかという疑問もある.含有する磁性鉱物の晶出時期や試料(岩石)の変形ステージ区分を詳しく調査しなければならない.

磁区構造に注意

非常に細粒な磁性鉱物は単磁区(SD: single domain)と呼ばれる磁区構造を示す.単磁区構造の場合,粒子の磁化容易軸方向を変化させるには強い磁場が必要である.古地磁気学的には安定かつ信頼性の高い単磁区構造であるが,帯磁率異方性においては少々やっかいである.磁化容易軸方向に対してある角度を持つ外部磁場を与えた場合,単磁区粒子の磁化は外部磁場強度に比例して変化する.また,弱い外部磁場では磁化容易軸方向(形状異方性の最大方向)での変化は極めて小さくなる(図4).そのため,帯磁率異方性結果は粒子の形状異方性に対して最小となってしまう(図5).従って,帯磁率異方性測定においては多磁区構造に近い粒子サイズが粒子ファブリック解析に適していると言える.

図4
単磁区粒子の磁化容易軸方向とヒステリシス.
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図5
磁区構造の違いによる磁性粒子配列と帯磁率異方性測定の結果について.
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応用研究

AMS を用いた初期の研究では,火山岩の粒子配列から溶岩の流向を決定したり,変成岩や花崗岩中の粒子配列から鉱物の晶出方向や,その鉱物配列の方向を用いた変形応力方向の推定などに威力を発揮してきた(e.g., Macdonald & Ellwood, 1988).その後,測定技術の改善により帯磁率の測定精度が向上し,帯磁率の非常に弱い堆積岩を測定することが可能となった.堆積物を用いた AMS 測定の第一歩は砂岩中の粒子配列を用いた古流向解析であった(Taira and Niitsuma, 1985).これは流体中の磁性鉱物粒子が堆積時の流向によって,その長軸の向きを流向と平行もしくは直交方向に揃うことを利用したものである.

1990年代になり,構造地質学的見地から AMS 測定は変形による粒子配列の検討や剪断方向の推察に用いられるようになった(e.g., Byrne et al., 1993).特に,わずかな試料しか得ることの出来ない海底コアサンプルなどの変形程度や剪断方向を検出するのに威力を発揮する(図6).とりわけ,細粒な泥岩(シルト岩)の帯磁率異方性が間隙率などの各種物性値と相関があることから,異常間隙水圧ゾーンの検出などについても応用される.

図6
南海トラフにおける磁気ファブリック.
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参考文献

基礎原理

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付加体・変形ゾーン

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教科書といえばこれ

  • Tarling, D. H., and Hrouda, F., 1993, The magnetic anisotropy of rock, Champman & Halle, London (160ポンド, ISBN:0-412-49880-4)

導入として最適

  • 公文富士夫・立石雅昭編,新版 砕屑物の研究法,1998, 地学団体研究会
  • 中井睦美,ジオロジストのための岩石磁気学,2004, 地学団体研究会

執筆者

  • 初版: 久光 敏夫 氏, 2004年3月「若手研究者・学生のための掘削コア磁性測定技術習得ショートコース」講習資料として.

添付ファイル: fileams_fig6.jpg 1387件 [詳細] fileams_fig5.jpg 1427件 [詳細] fileams_fig4.jpg 1496件 [詳細] fileams_fig3.jpg 1517件 [詳細] fileams_fig2b.jpg 1400件 [詳細] fileams_fig2a.jpg 1485件 [詳細] fileams_fig1.jpg 1423件 [詳細]

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Last-modified: 2008-06-25 (水) 19:26:45 (5806d)